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佐賀の伝統工芸、有田焼がマイセンに与えた影響とは?有田焼の人気も解説!

2022-06-27

丈夫で使いやすいだけでなく、乳白色の素地に青や赤などで繊細に絵付けされた見た目が美しい「有田焼」。最近は種類やデザインも豊富で、どんな雰囲気のテーブルにも合わせやすいのが魅力です。400年以上の歴史があるといわれるこの佐賀の伝統工芸は、実はドイツの名窯マイセンと関係が深く、海外でも広く知られています。今回はそんな有田焼の魅力や、有田焼がマイセンに与えた影響などをじっくり掘り下げてご紹介します。

400年以上の歴史あり!有田焼の特徴

有田焼
写真提供:佐賀県観光連盟

有田焼とは佐賀県有田町とその周辺で作られている磁器のことで、日本を代表する工芸品のひとつです。海外ではIMARIの名称で知られることが多く、大まかには明治以降に作られたものを「有田焼」、それ以前のものを「伊万里焼」や「古伊万里」と分けて呼んでいます。有田焼は“日本最古の磁器”といわれるほど歴史が深く、その始まりは17世紀にまで遡ります。

有田焼をはじめとする磁器は陶石を原料にして作られますが、有田町の泉山でこの陶石が発見されたことにより、日本で初めて磁器が焼かれたのは1610年代です。当時は中国陶器の影響が強く、白磁に青一色で染付された素地の厚いものが主流でした。

1640年代に色絵で多彩な色表現ができるようになってからは、赤・緑・黄・青・紫などを使う「五彩手(ごさいで)」や緑・黄・紫・青などで器の全面を彩る「青手(あおで)」などの絵付けスタイルが登場し、1670年代には敢えて素地の余白を活かした「柿右衛門様式」が大流行します。

さらに時代が下り、17世紀後半には藩の厳重な管理のもと、規則正しい器形と色数を抑えた上品な「鍋島様式」が作られるようになりました。これらは贈答品とされており、高級磁器を作り出した当時の技術は現在でも受け継がれているのです。

有田焼
写真提供:佐賀県観光連盟

そんな400年以上の歴史をもつ有田焼の魅力といえば、やはり形や絵柄といった見た目の美しさにあります。有田焼は伝統的に成形・施釉・絵付・焼成と各分野の職人による分業制で作られており、それぞれのプロフェッショナルが活きた完成度の高い工芸作品です。

滑らかな肌触りや、透明感のある白磁に映える繊細に色付けされた絵柄は、有田焼が今でも多くの人に愛され続ける理由といえます。また、薄くて軽いので実生活のなかで使いやすいというのも人気の理由のひとつでしょう。

ドイツの名窯「マイセン」とは?

マイセン

海外の有名なテーブルウェアブランドといえばいくつか名前が挙げられますが、なかでも「マイセン」の名は聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。300年前にドイツで誕生したマイセンはヨーロッパで初めて硬質磁器を生みだしたブランドで、今日まで長きに渡り西欧の食器文化をリードしてきた存在です。また食器の他に花瓶や掛け時計なども手掛けており、特に創業初期の造形家、ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーによる磁器製人形はマイセンの歴史を物語る重要なジャンルのひとつといえます。

マイセンの魅力はなんといっても芸術作品のようなその美しさ。単なる食器の枠を超え、絵付師や成型師、彫刻家などの力によって磁器を芸術の域にまで高めた功績は計り知れません。代表的な「ブルーオニオン(青い玉ネギ模様)」シリーズをはじめ、これまでに23万種類もの作品が発表されていますが、自然からインスピレーションを受けた優美なフォルムや繊細な線描は時代を超えて人々に愛され続けています。

また、マイセンは伝統を大切にしながらも革新的なアイディアを取り入れることにも挑戦しており、現代の生活にマッチしたモダンでスタイリッシュなデザインのものも揃えています。

マイセンの誕生には有田焼が関係していた!?

有田焼

上述したように、マイセンが誕生したのはおよそ300年前。それ以前の17~18世紀初頭、ヨーロッパの王侯貴族の間では鮮やかな絵付けが施された東洋の磁器は自らの富とセンスの良さをアピールするステイタスシンボルでした。当時はまだヨーロッパで磁器は作られておらず、もっぱら中国や日本からの輸入に頼っていた時代。なんとか磁器の製造法を見つけ出そうと各国が躍起になっているなか、ドイツも例外ではありませんでした。

ドイツのザクセン選帝侯アウグスト強王は東洋磁器の屈指の蒐集家としても知られ、過去には兵士600人と中国の壺151個を交換条件にしたという逸話も残っているほど。宮殿には膨大な数の古伊万里があったと伝えられています。そのアウグスト強王の命で白磁製法の研究が大々的に行われ、1709年に解明に成功。翌年には工場が建設され、これが現在の「国立マイセン磁器製作所」の基となります。

白磁製法の研究のなかでもとりわけ力を入れていたのが「柿右衛門様式の有田焼を模倣製造すること」だったそうで、有田焼は遠く離れたドイツの地でマイセン誕生に深く関わっているのです。

なお、現在有田町とドイツ・マイセン市は姉妹都市の関係にあり、有田焼が繋いだ縁は今も両者を結び付けています。

海外でも人気!有田焼が注目される理由

有田焼
写真提供:佐賀県観光連盟

有田焼が海外の市場に出回るようになったのは1641年頃のこと。長崎の出島からオランダ連合東インド会社によって輸出された有田焼は、それ以来ヨーロッパ各地の王侯貴族を魅了してきました。一時は江戸幕府による鎖国で輸出規制がかかったものの、1867年にフランス・パリで開催された万国展覧会に出展され、再び注目されるように。欧州にジャポニズムの風を巻き起こすほど人気が高まり、現在でも有田焼は日本土産の定番のひとつとして人気があります。

有田焼
写真提供:佐賀県観光連盟

有田焼がこれほど長きにわたり海外でも支持され続ける理由は、やはり、品質の良さとデザインの美しさにあるでしょう。とりわけ有田焼が初めて海を渡った17世紀中頃はまだヨーロッパで磁器が作られておらず、遠い異国からくる「薄くて軽く、なおかつ丈夫な造りの磁器」の使い勝手の良さと乳白色の素地に鮮やかな色で絵付けされた繊細な美しさは、当時の王侯貴族達を非常に満足させるものでした。現代でも有田焼が注目されているのは「有田焼」というブランド性によるところはもちろん、テーブルを華やかにしながらも普段の生活に取り入れやすいという点が挙げられるでしょう。

また近年では、伝統に縛られず新しい文化と融合させることで若い世代からも注目されるきっかけになっています。2017年には人間国宝の十四代今泉今右衛門氏がバカラとコラボレーションした硝子の皿などを制作しており、七代目弥左ヱ門氏は現代のライフスタイルに合ったモダンな「アリタポーセリンラボ」を作り上げ人気アニメやキャラクターとのコラボレーションを実現。こうした取り組みにより、幅広い世代が興味を持てやすいようになっているのも大きな要素といえます。

毎年開催!有田焼にまつわるイベントを紹介

有田陶器市
写真提供:佐賀県観光連盟

有田焼が誕生した佐賀県有田町では、毎年有田焼にまつわるイベントが開催されています。イベントは春・秋の年に2回。どちらもお得に有田焼を購入でき、掘り出し物に出会えるチャンスとあって県外から多くの人が集まる一大イベントです。

有田陶器市
写真提供:佐賀県観光連盟

特に毎年4/29~5/5に開催される『有田陶器市』は規模が大きく、なんと全国から120万人もの人が集まるそうです。普段はのどかな街ですが、期間中はメインとなる有田駅~上有田駅までのおよそ4kmの道にずらりと450ヶ所を超える店が立ち並び、多くの人で賑わいます。

今年で118回目を迎えた有田陶器市の歴史は古く、一説には1915年(大正4年)の陶磁品評会と同時に開催された「蔵ざらえ大売り出し」が起源であるといわれています。店先や店内には数多くの商品が並べられ、小皿・大皿・茶碗・カップ・箸置きetc-さらには有田焼のピアスやネックレスなどもあり、見ているだけでも十分楽しめるでしょう。新進気鋭の若手作家の作品を見られるのもこのイベントならではの魅力です。

秋の有田陶磁器まつり
写真提供:佐賀県観光連盟

一方、秋に行われる『秋の有田陶磁器まつり』は有田陶器市よりは規模が小さめですが、こちらもぜひチェックしたいところ。17回目の2021年は特別にプレ期間があり、10/9~11/14の土・日・祝をプレ期間、11/19~23をメイン期間として開催されました。セール品を購入できるのはもちろん、レンタル着物で有田の街を散策できたり、普段は非公開の窯焚きの様子を特別に見学できたりと、体験型のイベントが多いのが特徴です。

なお、ここ数年は新型コロナウイルスの関係で、Web上で楽しめる「オンライン陶器市」もスタート。遠方に住んでいてなかなか足を運ぶのは難しい…という方は、ぜひ注目してみてはいかがでしょうか。

ホテルの部屋

今回は、佐賀県が生んだ日本の伝統工芸・有田焼の魅力をたっぷりお伝えしました。有田焼は国内のみならず海外でも人気が高く、その存在はドイツの名窯マイセンにも大きな影響を与えていたのですね。

Hotel & Resorts SAGA-KARATSUでは、有田焼をはじめとする焼き物をテーマにしたデラックススイートをご用意しており、お部屋にいながらこの地の歴史や文化を感じられるようになっています。ぜひ心ゆくまで有田焼の魅力を味わってみてはいかがでしょうか?

スタッフ一同、心よりお待ちしております。

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